奈良県斑鳩町並松(なんまつ)。古き良き風情が残る街並み。そこに暮らす田所孝士(77)が、3年間の介護を経て妻・加奈子を亡くす。

 

 

 

子供のいない孝士は一人暮らしを始める。保険の手続きなど、妻が亡くなった事による雑用が増え、慌ただしい毎日が続く。四十九日を過ぎて暮らしは落ち着きを取り戻すのだがー。

それと共に家の中に横たわる「静けさ」を実感する事となる。

 

 

 

ある日、孝士は幻を見る。家にてお酒を傾けている時の事だった。

妻は晩年リハビリのため、部屋にて椅子に腰掛け、ボールをつく事を日課としていた。

トントントンー。

ホロ酔い加減の孝士に、その姿が見えたのだ。孝士の胸に久しく忘れていた暖かさが蘇る。

しかし酔いが醒めると、姿は消えてしまった。静寂が家を包む。

 

 

 

孝士は、「加奈子の姿」に出会いたいと願い、飲酒を重ねるようになる。

 

 

 

そんな折り、孝士の元を妻の妹・裕子が訪ねて来る。

仏壇に手を合わす裕子。

2人は座敷にて軽く酒を飲み交わす。「昼の残りものですけど」と、孝士は裕子に肉ジャガを振る舞うのだった。

静かに肉ジャガを味わう裕子。すると、一筋の涙がその頬をつたわる。この味に覚えがあると言うのだ。彼女が小さい頃、留守がちだった母に変わって、姉が料理を作ってくれた。記憶にしっかり残っていた味わい。この肉ジャガとそっくりだと言うのだ。

孝士は妻が料理を教えてくれたと話す。病気が重くなり、台所に立てなくなった妻が、料理の仕方を教えてくれたのだ。裕子に出した肉ジャガに、ちょっとした隠し味を使う事も妻から教わったのだ。

裕子は、しみじみと料理を味わい、微笑むのだった。

 

 

 

もういなくなった妻、でも全てが消えたわけではない。

こんな料理の中にも妻は生きている。

 

また一人暮らしの日々が始まった。

台所にて朝食を食べる孝士を、淡い光が照らしている。